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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3047号 判決

控訴人(兼亡川田保子訴訟承継人) 髙橋温子

(登記簿上の氏名 川田温子)

控訴人(亡川田保子訴訟承継人) 小林純子

右両名訴訟代理人弁護士 村山芳朗

被控訴人 東京大和信用組合

右代表者代表理事 山本達雄

右訴訟代理人弁護士 有賀正明

佐藤雅美

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

原判決主文第二項を「控訴人らは、被控訴人に対し、各二〇二三万三一六九円及びうち一六二四万七一二八円に対する昭和五二年七月一六日から支払済みまで年二二パーセントの割合による金員を支払え。」と変更する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

一  本訴について

1(一)  請求原因1ないし4の事実及び保子が第一預金債権目録①ないし⑬記載の各預金債権を、控訴人高橋が同⑭ないし⑯記載の各預金債権をそれぞれ有していたことは当事者間に争いがない。

(二)  保子及び控訴人高橋と被控訴人との間の昭和四四年四月ころまでの取引関係等については、原判決二四枚目表八行目から同二九枚目裏三行目までを、次のとおり付加、訂正のうえ引用する。

(1) 同二四枚目表八行目の「争いのない甲」の次に「第四ないし第一〇号証、」を、同裏二行目の「第二号証、」の次に「第一二号証の一、第一三号証の一、二、第一四号証の一、第一五、一六号証の各一、二、第一七、一八号証の各一、第一九ないし第二一号証の各一、同号証の各三、第二二号証の一、同号証の四、」をそれぞれ加え、八行目の「原告川田」を「原審における控訴人ら被承継人川田保子(第一回)」と改める。

(2) 同二五枚目表八行目、同裏一〇行目から末行にかけての、同二六枚目表三、四行目の各「同川田」、同二六枚目表九行目、同二八枚目表七行目、同裏四行目の各「同原告」をそれぞれ「保子」と、同二五枚目表九行目の「右自宅」を「A建物」と、「家」を「家屋」と、同裏三行目の「五二年」を「五〇年」と、四行目の各「高橋」を「髙橋」と、八行目の「各日時」を「各日」と、九行目の「両原告」を「保子及び控訴人髙橋」と、同二六枚目裏四行目の「四四年九月二六日」を「四一年一二月五日」と、末行の「同高橋」を「控訴人髙橋」と、同二七枚目表末行の「一〇月二〇日」を「一一月二日」と、同裏五行目から一〇行目までを「控訴人髙橋は、右のとおり本件(二)土地、B建物及び本件(八)土地の買受け、登記手続等並びに被控訴人から手形貸付を受けること等の権限を保子に与え、それらの事務の遂行に当たらせたのであるが、更に自己の実印及び右土地、建物の権利証を保子に預け、同人に、同人のための融資を受けるのに右土地、建物を担保に供する等の権限を与えていたこと、」と、末行の「6」を「5」とそれぞれ改める。

(3) 同二八枚目表二行目の「来た」を「来訪した」と、「親しく」から末行の末尾までを「大町の妻が店番を手伝つたり、その長男に病気通院の送迎をしてもらつたり、家族ぐるみの交際をするようになつたが(後には被控訴人の得意先招待旅行に大町と両名で参加したこともあつた。)、その後大町からしばしば金銭の借用方を求められ、時にはこれに応じてきたものの、応じきれなくなり、融資先を紹介して欲しいと頼まれるに至つて、昭和四二年秋ころ被控訴人を紹介した。」と、同二八枚目裏六行目の「7 かくして」から同二九枚目表一行目の「ほか、」までを「6 大町は、昭和四三年四月八日被控訴人から、保子名義で短期の手形貸付を受けて直ちに決済したが、保子に対し、継続的に被控訴人から事業資金の融資を受けるため、同人名義で被控訴人との間に取引約定書を取り交わさせてほしい旨依頼し、保子は、それに応じ、」と、同行の「一八日には」を「一八日に」とそれぞれ改め、三行目の末尾に「乙第一号証、」を、一〇行目の次に行を改めて次のとおりそれぞれ加える。

「7 そして、昭和四四年四月に保子は、大町の依頼で被控訴人に六〇〇万円の手形貸付を申し込み、被控訴人は、金額が多かつたので、当時の本店営業課長竹村司が、調査のために保子方を訪問し、保子及び大町に会つて保子から不動産の購入資金であるとの説明を受け、同月二五日に六〇〇万円を貸し付け、その担保として、同年五月六日付で本件(一)、(二)土地に抵当権を設定し、その旨の登記を経由したこと、その後、大町は継続的に被控訴人から手形貸付を受けることになり、大町は、保子が自ら裏書した約束手形又は同人から裏書の権限を与えられ、実印の交付を受けて同人名義で裏書した約束手形を持参して被控訴人に保子名義で手形貸付の申込みをして融資を受け、貸付金は大町の口座に振り込まれたこと、」

2  そこで、被控訴人の抗弁について判断する。

(一)  準消費貸借契約に基づく債権及び手形買戻請求債権の存否について

≪証拠≫によると、保子は、前示のとおり大町の求めに応じて被控訴人との間に継続的取引約定を締結し、昭和四四年四月以降大町をして、自己名義で被控訴人から手形貸付により融資を得させていたが、昭和四八年八月ころから、大町は、保子の裏書した約束手形の不渡りを出すようになつたこと、そこで、被控訴人は、保子及び大町と折衝した結果、保子が自己名義で、大町をして被控訴人から融資を得させた金員の未払分についてその一部を保子の定期預金契約(第一預金債権目録記載⑦ないし⑩)及び控訴人髙橋の定期預金契約(同目録記載⑭)を解約して支払に充てる等し、残りの三六〇〇万円について、昭和四九年四月一日に被控訴人主張どおりの準消費貸借契約を締結したこと、その後も、保子は、大町の求めを拒否できずに印章を大町に渡し、同人をして保子名義で約束手形に裏書をさせ(別紙約束手形目録(1)及び(3)ないし(6))、又は自ら裏書し(同(2))、大町は、右各手形の割引を受けたこと、被控訴人は右各手形につき満期に支払のための呈示をしたが、いずれも不渡りになり、被控訴人の主張するその一である右(3)の手形が不渡りとなつた昭和五一年四月三〇日には保子は右各手形の買戻義務を負担し、右準消費貸借契約に基づく債務につき期限の利益を失つたことが認められ、保子の供述中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右のとおり、被控訴人は、保子との間で準消費貸借契約を締結し(右契約の不成立、無効を主張する控訴人らの再抗弁は後示のとおり理由がない。)、三六〇〇万円の債権を取得し、また、買戻請求債権二三〇万円も有していた。その後、後示((三)(2))の相殺により買戻請求債権の全部及び準消費貸借に係る利息債権の一部が消滅し、更に、≪証拠≫により、支払明細表記載のとおり昭和四九年六月一〇日から昭和五二年七月一六日までの間に合計三一八万八七三五円の元本内入弁済があつたことが認められ、被控訴人の保子に対する右債権の元本残額は、三二八一万一二六五円(準消費貸借金)となつた。

また、右債権に対する利息債権としてみなし債権目録記載(三)、(四)の合計三五万〇二八八円の残金二五万五七六九円が残存しているほか、被控訴人は、保子に対し昭和五一年五月一日以降の残元本に対する年二二パーセントの割合による遅延損害金債権を有するところ、昭和五一年五月一日から昭和五二年七月一五日までの間の額は、遅延損害金債権目録記載のとおり合計八八四万三二七二円となつた(同目録に合計額として八八四万三二七七円とあるのは違算であることが明らかである。)。

保子が死亡し、控訴人らが相続により右貸金及びその利息、遅延損害金債務を二分の一ずつ承継したことは、当事者間に争いがないから、控訴人らは、被控訴人に対し、それぞれ二〇九五万五一五三円及び内一六四〇万五六三二円に対する最終の内入弁済をした日である昭和五二年七月一六日から支払済みまで約定利率年二二パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

(二)  根抵当権等の設定について

≪証拠≫によると、保子は、昭和四七年三月一一日に同日被控訴人との間で締結した貸付約定に基づく契約により負担する債務を担保するため、本件(四)土地について債権極度額を四〇〇万円とする根抵当権設定契約、代物弁済予約及び停止条件付賃借権設定契約を締結し、同年六月六日受付の登記目録第五(一)記載の根抵当権設定登記、同(二)記載の代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記及び同(三)記載の停止条件付賃借権仮登記をそれぞれ経由したこと、前示のとおり、控訴人髙橋は本件(八)土地を所有しているが、その買受けに当たり保子に対し、これに関連する事務の遂行を委ねた上、その後も引き続き実印と右土地の権利証を保子に預け、同人が右土地を被控訴人に対して負担する債務の担保に供する権限を与えていたところ、保子は、同年五月一〇日同控訴人の代理人として、右土地について極度額を九〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同年八月九日受付の登記目録第七記載の根抵当権設定登記を経由したこと、保子は、昭和四八年二月二三日被控訴人との間に自己が被控訴人との取引により負担する債務を担保するため、本件(五)等の土地建物について極度額を五〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同年六月二八日受付の登記目録第六記載の根抵当権設定登記を経由したこと、本件(一)、(二)土地及びA、B各建物については、昭和四四年五月六日受付の抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記、停止条件付賃借権設定仮登記及び昭和四五年一二月一四日受付の根抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記、停止条件付賃借権設定仮登記がそれぞれ被控訴人のために経由されていたところ、保子及び控訴人髙橋は、A、B建物を取り壊して新たに建物を建築しようと計画し、そのために国民金融公庫及び環境衛生金融公庫から融資を受け、本件(一)、(二)土地及び新築の建物(以下「本件(三)建物」という。)に先順位の抵当権を設定する必要があつたので、保子は、自己及び控訴人髙橋のために、被控訴人に抵当権の順位の譲渡を求め、被控訴人もこれを承諾し、昭和四八年八月六日被控訴人と保子及び控訴人髙橋との間で被控訴人が右各登記につき権利放棄を原因として抹消登記をし、新たに本件(一)、(二)土地及び本件(三)建物に限度額を二五〇〇万円とする根抵当権設定契約、代物弁済予約及び停止条件付賃借権設定契約が締結され、同月一七日受付の登記目録第一記載の根抵当権設定登記、同第二ないし第四の各(一)記載の代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記及び同第二ないし第四の各(二)記載の停止条件付賃借権仮登記が経由されたことが認められる。控訴人髙橋は、右本件(八)土地、本件(二)、(三)土地についての各登記は、いずれも保子が同控訴人に無断で被控訴人と契約したものであり、A建物を取り壊す際右登記のあることを知り、保子を非難してその抹消を要求した旨供述し、保子も同様な供述をしている。しかし、同控訴人は、本件(三)建物を新築した後も、なおその権利証、本件(八)土地の権利証や自己の実印を保子に預けていたと供述し、抹消を求めた各登記の帰すうを確認した形跡も見当たらない。これらの点と右認定の事実を総合すると、同控訴人は保子に対して、自己の所有又は共有に係る右物件について、保子のために担保権を設定する権限を少なくとも黙示的に与えていたものと認めるほかなく、右両名の前示認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、根抵当権等の設定に関する被控訴人の主張は理由があるというべきである。

(三)  預金債権に対する弁済及び相殺等について

(1) 被控訴人は、第一預金債権目録記載⑦ないし⑩及び⑭の各定期預金は、保子及び控訴人髙橋の求めに応じて払い戻したと主張するので判断する。

前示のとおり、昭和四九年五月一日、準消費貸借契約が締結された際、保子及び控訴人髙橋の定期預金が保子の被控訴人に対する債務の一部弁済に充てられたところ、≪証拠≫によると、被控訴人本店長代理の小川は、同日保子との間で、債務の一部弁済に充てるために右各定期預金を解約し、元利合計二〇九万五八一三円を保子の普通預金口座に振り込んだ上、内二〇〇万円を一部弁済に充てたことが認められ、≪証拠≫中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、控訴人髙橋は、前示のとおり保子に定期預金契約の締結、解約等の権限を与えていたが、前掲同控訴人の供述によると、右の定期預金の解約のころも実印及び定期預金証書を保子に預けていたことが認められるのであるから、そのころも引き続き、同控訴人は保子に定期預金の解約の権限を与えていたと認定するのが相当であり、前掲保子、同控訴人の供述中右認定に反する部分はたやすく採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、被控訴人の右主張は理由がある。

(2) 次に、相殺の主張について検討する。

前示のとおり、被控訴人は保子に対し準消費貸借金三六〇〇万円の元本債権を有し、昭和五一年四月三〇日に弁済期が到来したところ、その後支払明細表記載のとおり弁済があり、昭和五一年三月二九日現在の元本残高が三四四六万円、同年五月一日現在のそれが三四四二万一九〇〇円、更にその後一〇回の内入弁済を経て、昭和五二年七月一六日現在(同年一一月二日現在も同様)のそれが三二八一万一二六五円であり、これに対する利息債権及び遅延損害金債権中、被控訴人が相殺に供する旨主張する昭和五一年七月八日までの分が、それぞれみなし債権目録記載(三)、(四)及び遅延損害金債権目録記載のとおり残存していることは、前示のとおりである。

また、前示のとおり、被控訴人は手形の買戻請求権を有しており、その消滅原因について何ら主張立証がないから、同年一一月二日現在の債権額は元本が二三〇万円であり、右各債権はいずれも昭和五一年四月三〇日に弁済期が到来している。

被控訴人が第二預金債権目録記載の預金及び積金債権を受働債権とし(第一受働債権目録参照)、昭和五三年三月一五日の原審第四回口頭弁論期日において相殺の意思表示をしたことは記録上明らかである。

ところで、保子が被控訴人に対して第一預金債権目録記載①ないし③、⑪ないし⑬の各定期預金債権及び同④ないし⑥記載の各定期積金債権を有していたこと及び右各預金は第二預金債権目録記載の各預金が同備考欄記載のとおり書き換えにより継続されてきたものであることは、当事者間に争いがなく、それによれば、各定期預金の満期は第一預金債権目録の各満期日欄記載のとおりであり、被控訴人は、第一預金債権目録記載の各定期預金債権及び定期積金債権を受働債権として相殺の意思表示をしたものとみるのが相当である。

右相殺の意思表示前、自働・受働各債権は、第一預金債権目録記載⑥のものを除き、いずれも既に弁済期が到来しており、前示準消費貸借金元本債権の内入弁済が行われているから、双方の債権について弁済期がともに到来するごとに相殺適状となり、相殺が行われることになる(すなわち、被控訴人の主張する基準日にとらわれる理由はなく、右⑥の積金債権については被控訴人が期限の利益を放棄したものと認められる。)。

また、被控訴人は、個々の対立債権の間での相殺適状の成立時期を顧慮することなく、一律に昭和五一年四月三〇日までの利息、遅延損害金につき、遅延損害金、利息、元本の順の相殺を主張するが、相殺の遡及効の及ぶ範囲を一方的に変更することは許されず、被控訴人の右主張も、(除外が明示されている準消費貸借契約上の債権に対する昭和五一年七月九日以降の遅延損害金は別として)あえて利息、遅延損害金債権の一部を相殺の対象から除外する趣旨のものとは考えられず、また、複数の対立債権がある場合、相殺適状の成立時期を確定して右遡及効の及ぶ範囲を明らかにするには、対立する元本債権を比較対照し相殺適状に達したものからそれぞれ利息(遅延損害金)、元本の順に相殺充当を行う必要があるから、被控訴人の指定に基づき手形買戻債権を準消費貸借債権に優先させるほかは複数債権間の一般的な相殺充当の方法に関する最高裁判所昭和五六年七月三日判決(民集三五巻五号八八一頁)の趣旨に従い、第一預金債権目録⑬、⑪、⑫、②、①、④、③、⑤、⑥の受働債権との間で相殺充当を行うと、その結果、右受働債権はすべて消滅し、自働債権は、前示準消費貸借金の元本債権のほか、利息債権二五万五七六九円及び昭和五一年七月八日までの遅延損害金債権一四一万八三八九円がなお残存することになる。

ところで、被控訴人は、第一預金債権目録⑮及び⑯の各定期預金債権についても、相殺により消滅したと主張するが、右各債権は控訴人髙橋に帰属しているものであつて、相殺の対象にはなりえない。しかしながら、被控訴人は、右各債権に対し質権の設定を主張しているので、更にこの点について検討する。

前示の控訴人髙橋が被控訴人との定期預金契約に関し、その解約、担保に供すること等の権限を保子に与えていた事実に、≪証拠≫を併せると、保子は、同控訴人から権限を与えられて昭和四七年一月一七日右⑯の定期預金に、同年五月二〇日右 ⑮の定期預金にそれぞれ保子が被控訴人に対し現在及び将来負担すべき一切の債務の担保として質権を設定し、預金証書を被控訴人に差し入れたことが認められ、≪証拠≫中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうだとすると、前示のとおり被控訴人の保子に対する債権が存在するから、これが消滅しない以上、同控訴人は、質権者である被控訴人に対して右各預金債権の支払を請求することはできない。

3  控訴人らの再抗弁(準消費貸借契約の成立に対し)について

(一)  まず、控訴人らは、被控訴人主張の旧貸付債権は、大町が借り受けたものであつて、準消費貸借契約はその目的となる債務が存在せず、成立しないと主張するが、それに副う前掲保子の供述は採用できず、かえつて、次のとおりの債務が存在していた。

すなわち、前示1の事実に≪証拠≫によると、保子は、前示のとおりの経緯で、大町のため保子名義で被控訴人から手形貸付を受けることを承諾し、これに基づき、旧貸付金債権目録記載のとおり昭和四四年四月二五日から昭和四八年八月六日まで一一回にわたり合計四七四〇万六七〇〇円を被控訴人から借り受けたこと、被控訴人は、大町の依頼により右貸付金はすべて大町の口座に振り込んだこと(保子も大町の依頼の趣旨を了解して承諾していたのであるから、右直接の振込を容認していたと推認すべきである。)、その後一部弁済されて、昭和四九年四月末日現在で残債務の額が三八一〇万二九〇〇円に達していたことが認められ、前示の保子と大町との親密な関係、右の形式による被控訴人との取引がほとんど五年に及ぶ長期にわたつて平穏に継続していたこと、その間保子はその印章を大町に対して預け切りにしていたものではなく、大町からその交付の申入れを受けた場合に、これを拒否する機会は十分にあつたことを併せ考えると、保子の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、控訴人らの右主張は理由がない。

(二)  控訴人らは、保子は単に名義を貸すにすぎず債務を負担する意思はなく、自ら債務を負担することを認識しておれば、契約を締結しなかつたのであるから、契約の要素に錯誤があり無効であると主張し、また、保子は単に名義を貸したにすぎず、債務を負担する意思はなかつたものであり、被控訴人も、そのことを知つていたか、少なくとも知りえたと主張するが、これに副う前掲保子の供述は、右(一)の説示に、前示のように被控訴人が当初大町から取引の申込みを受けた際これを拒否したこと、この取引について保子らに担保の提供を求め、担保権が設定されていることを併せ考えると、到底措信し難く、他に控訴人らの主張を支持するに足りる証拠はない。

そうだとすると、控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。

二  反訴について

前示一において説示したとおり、被控訴人は、控訴人らに対し、前示準消費貸借金残元本三二八一万一二六五円及びこれに対する残存利息二五万五七六九円、昭和五二年七月一五日までの残存遅延損害金八八四万三二七二円、同月一六日から支払済みまで約定利率年二二パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきであるが、反訴請求について被控訴人からの附帯控訴に基づく請求の拡張はないから、原判決の認容の限度にとどめてその請求を認容すべきである。

三  以上の次第で、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却し、原判決主文第二項による金員の支払は、保子の死亡に伴い訴訟承継した控訴人らにおいてこれをすべきことになつたから、これを明らかにするため同項を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する(なお、原判決の主文第二項の「内金三二四九万四二五七円」という金額は理由末尾にある「残元本三二五九万四二五七円」の記載と符合しないが、右理由中の残元本額の算出根拠が原判示によつては明確でなく、右二つの金額のうちいずれが誤謬であるとも判断できないので、この点について更正決定はしない。)。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 新城雅夫)

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